原田助
原田助 名言・語録1件
(牧師・ハワイ大学教授)
「日本の社会的、道徳的、教育的指導者の中で最も著名な人物であり、政治的、宗教的、民族的違いによらず、あらゆる階級の人々から愛され、尊敬される希有な人物であること。また、アメリカ合衆国を広範に訪問し、2国間の善意を維持、促進することを唯一の目的としていた。大戦後の世界平和が何よりも大切なことを渋沢は認識しており、そのために日米間の友好を維持しようと支援の努力を惜しまなかった」
注釈:1926年、原田助はノーベル平和賞に渋沢栄一を推薦した。その理由が上の文章
※出典『渋沢栄一 巨人名語録』著者:本郷陽二
【感想・論評・補足】
日本の資本主義の父、渋沢栄一がノーベル平和賞の候補者であったとは驚きである。公開された資料により、1926年、1927年の2度にわたり候補者であったことが判明した。原田の推薦文は渋沢栄一の行動哲学、人なりを知るための貴重な歴史的証言といえよう
経歴(プロフィール)
■原田助(はらだ・たすく)
【1863年~1940年】日本の教育者。日本組合基督教会の牧師、同志社の第7代目社長。ハワイ大学東洋学部を創設した。肥後国熊本藩士鎌田収の次男として生まれる。後に山鹿郡上長野村の原田家の養子になる