名言・語録・格言

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河野信治(米騒動)

河野信治 名言・語録2

(鈴木焼き討ちは誤解)

 

 

「世間では金子直吉を大山師だと思い、投機売買を盛んにやったかの如く思っているが、飛んだ誤解だ。欧州戦争で盛んに買い占めはやったが、これは外国市場でのこと、内地の市場で同胞を苦しめたようなことは一度もなかった」

 

 

「米だってそうである。これは少年時代に貧乏長屋の部屋の隅で、雨漏りを避けながら(母から)言い聞かされた言葉、金持ちになっても貧乏人を苛(いじ)めてはならぬと云われた訓戒を、守っていたのだと本人も云っている。金子という人は米の買占め位で同胞を苦しめ、金儲をしようなぞと考える人ではない。米の方は指定商人として常に政府当局の命を奉じ、米価が安ければ輸出し、高くなれば輸入し政府の政策に策応した迄である」

 

 

出典『日本糖業発達史・人物編』

 

 

【感想・論評・補足】

大正7年の米騒動による鈴木焼き討ち事件は、『世間の誤解』であったことを第3者の立場で早くから(昭和6年)主張していたものに河野信治がいると、桂芳男(神戸大学教授)は著書『幻の総合商社鈴木商店』で指摘している。当時、鈴木商店は政府の米価調節策に献身的に協力していただけであった。米価が安ければ輸出をし、高ければ輸入をする。その輸出入において鈴木商店に利益が出た場合は政府が取得をし、損失が出た場合は政府が補填をする取り決めになっていた。つまり鈴木商店が得ていたのは取引手数料のみであった。米を買い占めて不当に値段をつり上げている事実はなかった。鈴木商店は完全な潔白であったのだ。河野信治氏は鈴木商店の焼き討ちの汚名を払拭する貴重な証言者である