青山政次
青山政次の名言・語録2件
(京セラ2代目社長)
「京セラの会議は始める時間は決めてあるが、終わる時間は決めていない。大体始まるのが午前9時から10時、終わるのが午後10時か11時が当時は普通であった。この時間制限のない会議に対して、最初は幹部の中にも、おかしいと文句を言う者もいたが、それは世間一般の会議であって、稲盛のやり方ではない」
「創立以来7、8年頃までは、京セラは厳しいと皆は言い、また他からも、京セラは厳しいそうですね、と言われていた。また実際他社と比較して、何かにつけて厳しいように見えた。しかしそれは、京セラではごく自然のことをやっていたに過ぎない。作業時間中は怠けず皆一生懸命働いた。退社時間だからといって、タイムレコーダーの前に列をなして定刻のくるのを待ってカードを押すというような風景はなかった」
【出典一覧】
『心の京セラ二十年』
【感想・論評・補足】
松風工業で稲盛和夫氏を面接し採用したのが青山氏である。稲盛和夫氏を最も知る一人である。それにしても、京セラの創業当時は会議を朝9時から夜10時までしていたというのは驚きである。一日仕事をしていないようにも見えるが(^^♪
経歴(プロフィール)
■青山政次(あおやま・まさじ)
日本の経営者。京セラ株式会社2代目社長。明治35年、兵庫県姫路市で生まれる。京都帝国大学工学部卒業。松風工業に入社。昭和34年、京都セラミック設立。昭和39年、同社の社長に就任