谷沢永一
谷沢永一 名言・語録5件
(文芸評論家)
「昭和20年代というのは、未だによく覚えているが、とにかく職を失うということは本当に餓死を意味した。今の若い世代には想像もできないと思うが、職業選択の余地などまったくない、本当にクモの糸一筋にしがみついていなければならなかった時代だった」
「企業経営は、この時代には一種の社会的救済活動だったわけで、その社会的に救済されているという意識の下に高度経済成長もできた。これは、貧しかったが故の日本的解決法だった」
「私の記憶にあるのは、日本列島改造論である。私はこれは、内閣制度ができて以来、内閣総理大臣が自己の責任において、国家経営の理念、方法論をひとつの書物にした唯一の例だと思う。そんなことをした総理は一人もいなかった」
「長谷川慶太郎の著作だけは、どれだけ無理して時間をつくっても、まず読むことにしている。だからわが家の書庫では、長谷川慶太郎を最恵国待遇にしているわけだ」
「長谷川慶太郎は、高橋亀吉プラス石橋湛山である。この二人が打ち立てた伝統を一身に体している人物である。このほかに先例はない」
【出典一覧】
『松下幸之助の知恵』
『先見力の達人 長谷川慶太郎』
【感想・論評・補足】
谷沢は博覧強記。専門は日本文学(近代)であるが、国際エコノミストの長谷川慶太郎の著作は読みまくるは、松下幸之助本人の著書が50冊ほどあるがこれらも全て読んでいる。専門外のことも貪欲に学び続けた。この謙虚さが素晴らしい
経歴(プロフィール)
■谷沢永一(たにざわ・えいいち)
【1929年~2011年】日本の文芸評論家、書誌学者。関西大学名誉教授。専門は日本文学(近代)