名言・語録・格言

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徳田虎雄

徳田虎雄の名言・語録2件
徳洲会設立者)

 


「まず政経塾に対する俺の印象を語る」

 


「ここでは21世紀の政治家を創ると言っているけれども、俺は何も彼も揃っているこんな立派な施設があって、しかもお金が貰えるというようなところから人材が育つわけがないと思う。一流の講師陣を揃え、寮に入って、世間から隔絶されて人間が育つわけがない。まして政治家というのはこういうところからは出てこない。政治家はやはり屋台のラーメン屋をやりながら、自分の食い扶持を稼ぎながら、世間を見、人に語りかけていくところから出てくる。それが政治のスタートだし、これまでやはりそういう人がリーダーになってきたんだ。政経塾のようなところからは、そんな政治家は生まれるはずがない。ここにいる塾生の連中は全員、塾にいる間にスポイルされ、ダメになるはずだ。俺は、こうした教育施設を造った松下幸之助さんは間違ったんじゃないか、血迷ったんじゃないか、と考えている」

【注釈】松下幸之助松下政経塾を開塾して2年目の1981年4月に、徳洲会病院の徳田虎雄が突然政経塾に飛び込んで来た。政経塾が呼んだわけではなく、当時は誰でも訪問して塾生と話が出来きたらしく、徳田は政経塾1期生と2期生を含めて40名ほどが集まっている会議室で、このように塾生に熱弁をふるった。徳田が来たのは午後4時半頃で、帰ったのが深夜の1時半。その間9時間の間には1時間の食事の時間があっただけで、徳田は塾生を叱咤、罵倒し続けたという

 


【出典】
松下幸之助政経塾』山田ひろし(著)

 


【感想・論評・補足】
徳田の突然の来塾は、塾生と塾の職員にも激震が走った。この時のことは今でも政経塾では語り草になっているという。松下幸之助塾主も塾生に『君たちには猫に小判だ』と叱ることがよくあったという。恵まれた環境もそれを生かせなければ何の意味もない。この徳田の訪問でそのことに気づいて大いにプラスになったという塾生もいるようだ

 


経歴(プロフィール)
徳田虎雄(とくだ・とらお)
日本の医師、政治家。徳洲会設立者。衆議院議員(4期)、沖縄開発政務次官日本体操協会会長、自由連合代表。鹿児島県徳之島町名誉町民。鹿児島県天城町名誉町民。1938年2月17日生まれ。鹿児島県大島郡徳之島町出身